君から僕へ僕から君へ
2010.01.15
「城之内」
海馬の部屋のソファーで雑誌をパラ見していたら海馬がなんか黒いものを鼻にくっ付くんじゃねぇかってくらいの勢いで突き付けてきた
「なんだか分かるか」
「近過ぎて見えねぇ」
「ならもっと離れろ」
…訳が分からない
分からねぇけど、何故か今、海馬はとても不機嫌だ
突き付けてきたのお前なんだからお前が離れろよ、とか言うと余計に面倒な事になりそうだから、黙って座っていた位置から少し右にずれてみる。すると視界が少し広がって黒いものを摘まんでぷらぷらさせている海馬の指先が見えた
「オレの財布じゃん」
「貴様の財布だ」
「なんでお前が持ってんの」
「言及すべきは中身だ」
中身と言われても、今オレの財布は給料日前って事もあって寒過ぎて風邪どころか拗らせて肺炎寸前状態としか言いようがない
「これを見てもまだそんな阿呆面が出来るのか」
何が何だか分からなくてぼうっと見ていたオレに海馬が取り出したのは…
「あ」
「約束を忘れたのか貴様は?」
取り出したのは一枚の紙切れ
他の奴らにはただの紙切れだけどオレ達にとってはちょっとした意味がある
海馬とオレが、そういうお付き合いをし出して初めて出来た問題は、連絡手段だった
海馬は社長業、オレはバイトと互いに忙しい生活だから、会える時というのが結構限られてくる。携帯電話を持ってないオレは、海馬に『連絡を取る時はメモに書いて渡す』というものはどうだと提案した。海馬が学校に来れない時はポストに、海馬が学校に来たなら朝下駄箱で会った時、移動教室の時、とか渡す場所は二人で決めて
内容は本当に普通
『明日バイトになった 克也』とか『20時には帰る 瀬人』とかそれくらい
海馬の言う約束とは、受け取ったメモはすぐに棄てるか、燃やすか、それかシュレッダーにかけてしまうということ
だがオレは棄てないで財布の中にしまっておいた。忘れたんじゃない、勿論ワザとだ
先のオレから提案したメモ渡しには補足がある
実は海馬は、付き合うと決めた時から、オレに連絡手段用の携帯電話を買ってやると言ってきていた。でもオレは『機械苦手だしメモの方がいいや、なぁ、メモにしねぇ?』と提案した
ウソを吐いた
だって携帯電話なんか、使えばそのうち慣れるに決まっているし、こう見えて物覚えには自信がある
ならなんでわざわざ面倒臭い手書きのメモを提案したのか
あれはオレが日直の時、学級日誌に今日あった授業とかクラスの様子とかを書き込んだ後、前のやつをパラパラと捲っていたら三日前くらいのやつの授業欄にちっちゃい間違いを見つけた
『経済』の『経』が『半径』の『径』になっていたのだ
丸っこくて潰れたみたいなやけに可愛い文字だったから、オレは『女子が日誌を書いた時に間違えたんだろう』と思って、こっそり直して担任に提出しとおいた
何日かして、授業で出席番号順に作られたグループの中にその女子も含まれていたから、からかい半分に『日誌の字、直しといたぜ』と告げると、女子はポカンとして『え…?』とちょっと動きが止まっていたけど、すぐに思い当たったように、ああ、と呟きながら何気ない口調でオレに爆撃を投下した
『それ、書いたの海馬くんよ』
あの潰れたような、がきんちょが書いたみたいなへたっぴな文字が、海馬の字
その事実を知った瞬間オレの中の海馬像が180度変わったのは言うまでもなく、まぁある意味海馬を好きになったきっかけみたいになるんだけど、ここから告白に至るまでは長くなるから別の機会だ
「どうなんだ」
オレの隣には、経過は省いたけど、めでたく恋人になった奴が依然機嫌が悪そうにムスッとしている
でもオレにも言い分はあるんだから聞いて欲しい
「約束破ったのは、まぁ、ごめん…だけど」
けど、という言い訳に繋がる言葉に海馬がぴく、と眉を揺らす
睨むなよー怖ぇよー
「お前にとっちゃ自分の書いたメモ紙なんてどうでもいいかもしんないけど、オレにとっては一枚一枚、全部が宝物なんだよ」
分かるだろ?と顔を覗き込んでみる
それでもまだ納得しないように睨む海馬
…よし。なら、とどめの一撃を食らわしてやろう
逆転の切り札は既にオレの手の中にある
「海馬海馬」
ツンツン、と袖を引っ張って呼び掛けるとムスッとしたままこっちを向いてくる
「これなーんだ」
ぺら、と綺麗に四角に折られた紙を広げると見慣れた文字が並んでいて、それを見た青い瞳がカッと見開かれる
「海馬が同じ事してんのオレは知ってるんです」
さっきよりも凄い眼力だし恨みがましい唸り声まで聞こえるけど
耳まで真っ赤にして睨まれても可愛いだけなんだぜ海馬くん
君の文字が書いてある
それだけでただの紙切れはラブレターになる
End.