むっつの字列
2010.01.17 


■放課後教室に残られたし

 俺の時代来たわ。見てこれ、人生初の、ラブレターだぜ。靴箱のすみにちょこっと置かれた、四つ折のメモ。手のひらより小さい桜色の紙に、花びらみたいに並んだちまちま丸字。ふわっと桃色の風が吹き抜けた気がするぜえ。俺、字に恋しちゃったみたい。
 なんて浮かれちゃって、今は季節の北風に吹かれてるわけだけど。だって、来ねえんだもん、ショートカットでスカート長めの後輩が。いや、字からするとそんな感じかな、と。
「うお、ヘッタクソな字な。ラブレターか?果たし状か?」
「う、うるせ、かわいいし!かわいいし!」
 ひやかし連中を追い払ってやっとひとりになったと思ったら、奴がいた。背筋ぴんと伸ばして片手で文庫読んでんだけど、全然目が動いてないし、ページをめくる気配もない。なに、瞑想的儀式か何かだろうか。
「なあ、邪魔だから出てってくんね」
 海馬はマネキンみたいに固まったまま、目を見開いて俺を見た。一気に空気が氷結して、冷気に閉じ込められる。こ、こええ…。
「いや、かわいい女子にさ、呼び出しもらってて」
 取り繕うみたいに笑って言ったけど、まいった、今度はあいつ、氷を溶かして余る勢いで燃え出した。青の炎で俺を射るみたいに睨み付けてくる。
「かわいくもなければ、女子でもなくて悪かったな」
「え?なんて言った?」
「うるさい!」




■はやねはや起きをする

 新年の抱負を書きなさい、だとよ。俺は抱負の意味がわからなかったから、A4の用紙いっぱいに謹賀新年!と書いた。ちょっと城之内くん、と後ろから声がする。
「抱負ってのはあれ、目標とか、そんなんだよ」
「脱童貞」
「いや、早寝早起きとかさあ」
 おいおい、誰がそんな小学生じみたことを。周りを見てみたら、みんな日進月歩だの不言実行だの、適当に漢字並べてカッコつけてる。そん中にぽつんとひらがなを見付けて、俺は思わずのぞき込んだ。
「な、なにを見ている!」
 隣の席の巨神兵が、慌てて紙をくしゃくしゃに丸めた。ちまっこい字が手の中に消える。
「お前、へたっぴな字してんのな」
「こ、この前はかわいい字だと…!」
 ん?え?




■indication きざし

 教室が何とも言えない雰囲気に包まれた。海馬は尻ポケットからハンカチを出して、指先に付いたチョークの粉を怪訝そうに拭ってる。その優雅な仕草と黒板の字の幼稚さの、あまりのギャップに、クラス全体がぽかんと口を開けた。
 英字の方は流れるような筆記体で、スペルもばっちり。で、なぜ母国語がそうなる。
「か、かわいいね、海馬くんの字」
 遊戯のひとことから、教室中にざわめきの波紋が広がった。うんうん、かわいい、女子みたい。
「かわいかねえよ、へたっぴだよ」
 つぶやいて、腹が立った。俺、知ってたしね。海馬の字がかわいいこと、お前らより前から知ってたから。海馬の方を流し見たら、ちょっと顔赤くして教科書読んでる。先生が黒板の字に、大きく赤丸をつけた。




■城之内克也

 海馬の背後から日誌を覗き込んだら、遅刻者の欄に俺の名前が書いてあった。すげえ、きたない字で。紙に溝がいっぱいできてて、何度も消した跡がある。
「俺の名前、そんなに書きにくい?」
 海馬の背中がびくっと震えた。慌てて俺を振り返って、ばたんと日誌を閉じる。放り出された鉛筆が床をすっ転がってどっかへ消えた。
「あ、あく、悪趣味だ!」
「なにが?」
「そうやって、人の字を…!」
 閉じた日誌をぶんぶん振り回して追い払われる。乱暴な奴だと思いながら離れてこっそり振り返ると、あいつはまたせっせと消しゴムを動かしていた。




■証明終了

 数学的帰納法、はっきり言って意味不明だわ。だから海馬が黒板にすらすら証明書いてく姿、思わず見とれたね。字を見るとやっぱり吹いちゃうんだけど。0はおだんごだし、8は雪だるま。海馬の長い指からちまっこい字が生み出されるとこを眺めながら、俺、はっとした。
 もしかして。
 かばんの底から桃色のメモを引っぱり出して、黒板と見比べて、絶句。ぽかんとまぬけに口開けてたら、教壇の海馬と目が合った。
「海馬、これ、お前?」
 呆然とメモを指差したら、海馬は目を丸くして、それから真っ赤になって固まった。黒板の前でクラス中の視線を受けながら、海馬は小さく頷いた。




■20時には帰る 瀬人

 海馬の字って、ひよこみたい。部屋に着いたのが6時だから、かれこれ2時間このメモとにらめっこしてるわけだ。でも俺ボロ負けね、にやけっ放しだから。
 海馬の意外な一面は、字だけじゃないんだぜ。付き合い始めてからほんと色んな海馬を見付けたけど、それは俺だけの秘密な。ほんとは海馬のかわいい字だって、誰にも見せたくないんだからさ。ただ言えるのは、ほんものの海馬はその字よりもっとふわふわしてて、丸っこくて、やわらかいってことかな。
 そんな海馬を俺だけのものにしたいって気持ち、お前にもわかるだろ?


End.

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