見えるけど見えない宝物
2010.01.28 


「海馬ぁー! 頼む!! ノート貸して!」
「ふざけるな」
 オレが全力でノートを引っ張ると、負けじと海馬が引っ張り返す。
 オレは今日かれこれ5分以上こんなやり取りを繰り返している。
「だからオレ今日当てられるんだけど昨日ノートとってなくてよー。お前頭いいじゃん。頼む!」
「だから何故それをオレに言う」
「杏子には自業自得って一蹴されてさぁ、遊戯達も杏子に丸め込まれて当てになんねーんだよ」
「自業自得だ。自力で今勉強しろ」
 なんだよ海馬のヤツ。ノートぐらい別にいいじゃねえか。減るもんじゃなし。
「ケチ」
「うるさい。貴様にだけは絶対に貸さん」
 だけはって何だよ! オレたち恋人同士だろ!?
 とはさすがのオレもこの教室の中じゃ言えないが。
 取り付くしまもないってのは正にこんな状況のことだよな。 
 でもオレはまだ諦めちゃいねえぜ。こうなったら意地でも借りてやる!
「わあったよ。もー頼まねぇ」
「ふん」
 オレがノートを引っ張る力を緩めると、海馬が勝ち誇ったように笑う。
 甘いぜ海馬!
「頼まねーけど……こうだ!」
「何ッ!?」
 海馬が油断した隙を見計らってノートをひったくる。
「き、貴様ッ! 返せ!」
「へへーん。取り返せるもんなら取り返してみろ」
 言いながらオレはノートを開いて……
 内容を見て思わずオレは固まった。
「くっ!」
 すかさず海馬が乱暴にノートを奪う。
 いや、おい。まさか……
「い、今のお前の字か……?」
「黙れ凡骨! ほ、他に誰がいる!」
 ノートを鞄に仕舞いこみながら言う海馬の顔は、ほんのりと赤い。
 マジで?
「お、お前……意外に字可愛いんだな」
 いやホント意外。
 ノートいっぱいに埋め尽くされた、ちまちまとしてどうにもバランスの悪い可愛らしい丸文字。
 まるで不器用な女の子の書いたみたいな文字は、どうにも海馬のこの性格とは結びつかなくて。
 ぷくぷくとした数字達なんかもう愛おしくてたまらない
「だから貴様には見せたくなかったんだ!」
「もっかい! もっかい見せてくれ!」
「ふざけるな! もう二度と見せん!」
 こんな完璧な海馬の意外すぎる弱点に、オレは一気に心奪われてしまった。




 放課後。オレの家。
「なー、瀬人〜。いいじゃねーかちょっとぐらい」
「嫌だと言っている」
 オレはまだしつこく海馬に頼んでいた。
「もう授業は終わったのだからノートは関係ないだろう」
「オレがお前の字が見たいんだって」
 結局ノートを借りるどころか、海馬の字に夢中になったオレは当初の目的をすっかり失念して、見事に答えられず立たされた。
 でも立たされながらもどうしてもあの字が忘れられなくて、
「そんなにオレの字を馬鹿にしたいのか!」
「違うっつーの。なんでそうなるんだよ。お前の字が好きだから見たいんだって」
「ふん。ではオレと戦って勝てたら見せてやる」
 言って海馬はデッキを取り出す。
 勝てるわけねぇよ!
 咄嗟に叫びそうになって思い直す。
 いや、でもオレは信じるぜ。
 愛の奇跡ってヤツを!
「受けて立つぜ!」
「「デュエル!」」

 勝負はあっさりついた。
「……だよなー」
「当たり前の結果だ」
 惨敗。
 愛の奇跡ってのはオレには訪れなかったらしい。
 こうなりゃ最後の手だ。
 勝ち誇る海馬に背を向けて、布団に潜り込む。
「恋人の可愛いお願いなのによー。薄情だよなー」
 ブツブツと呟いてみると、後ろからわずかに悩む気配。
 よし! これはいけるぜ!
「いつもオレから好きって言ってるし……会いたいとかも言ってくんねぇし。ノートぐらい見せてくれたって──」
 Pulululu――
「ぅお!」
 か、海馬の携帯か。マジでビビッたぜ。
「オレだ。ああ……そうか。わかった。すぐ戻る」
 え?
 マジかよ折角久しぶりに二人っきりになれたっつーのに……
「用事ができた。ではな」
「おー。じゃあな」
 名残惜しいけど引き止めるわけにもいかない。
 顔を見たら行くなと言ってしまいそうで、背を向けたまま手を振る。
「ふん。鍵は閉めておけよ」
 言って部屋から海馬が出て行く。
 あーあ。ノートも見してもらえなかったし。
「ツイてねー。なんでこのタイミングで……あれ? 何だコレ?」
 鍵を閉めようと起き上がると、テーブルに小さなメモ用紙が置いてある。
 こんなのなかったよな?
 手にとって見ると、

『20時には帰る。瀬人』

 メモ用紙の真ん中にもっとデカくかけばいいのに、申し訳なさそうに縮こまる可愛らしい丸文字。
 口で言わずに、わざわざメモを書いて行ってくれたっていうのはやっぱりオレが見たがってたからだよな?
「か、可愛すぎだぜ瀬人ぉーっ!」
 不器用に踊る丸文字のメモは、オレへの愛の証。
 そう思ってもいいんだよな?




「城之内くん、さっきから見てるその紙何? 凄く大事そうだけど」
「へへ、遊戯。これはな、『見えるけど見えないもの』なんだ」
「えー、何が書いてあるの?」
「知りたいか?……でも教えてやらねー!」

 海馬の可愛い文字も、小さなメモに込められた意味も、オレだけが知ってれば充分だぜ!


End.

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椋酉様/Millennium Paranoia

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