海馬の字
2010.02.01 


海馬はほんとにオレに冷たい。唯一会える学校でも、目さえろくに合わせない。話しかければ適当に返ってくるけどそんなの別に嬉しくない。だいたい気持ちを伝えてきたのは海馬のほうからだと言うのにおかしな話だ。電話越しに、偉そうな口調で「お前が好きだ。嬉しいだろう」なんて言ってきたくせに。大口を叩きながら恥ずかしそうなのをオレは逃しはしなかった。そんな海馬にオレがどんだけ嬉しかったかヤツは知らないんだろうか。オレが気持ちにこたえたのに、海馬は別に嬉しくなかったんだろうか。

 海馬の告白が一ヶ月くらい前で、それなのに状況は付き合う前と全く変わらなかった。むしろギスギスしているような気がする。オレは海馬のメールアドレスすら知らなかった。電話番号は告白された時の通知でわかるが、海馬はほんとにそれきりで、オレと触れ合おうとはしないんだ。正直いうと、めちゃくちゃメールやら電話やらしたい。こんなに好きなんだから恋しいと思ったりしても悪くないだろう。でも、なかなか電話するタイミングもアドレスを聞くタイミングも掴めない。

 教室でそんな事を考えながら、4日連続でお休み中の海馬の席を眺めていた。隣で遊戯のケータイが鳴り、我に帰って視線を音のほうへとずらす。昼休みだからと机に広げられたカードの上でカチカチと遊戯がメールを打っていた。
 理由もなにもなかった。ただ、メールかよ、とさりげなく遊戯のケータイを覗いた。それだけなのに目玉が転がり落ちるんじゃないかと思った。遊戯のメールの差出人は、オレの恋人だったのだ。

「海馬、とは、よくメールするのか?」
「ううん、たまにだよ。海馬くん、僕以外のアドレス知らないみたいだから、学校の連絡とかいつも僕に聞いてくるんだ」

 遊戯がさらりとそんな事を言う。なにも理解できない。遊戯はオレより立派なデュエリストだからオレはこんな目にあわないといけないのか?答えなんてあるはずもない。恋愛とデュエルはまた別物なのか、恋人や信頼より尊敬やライバルが大切なのか、海馬は。
 作り笑いをした口角が痛い。絶対海馬にアドレスなんか聞かないと思った。悔しくてぶざまでしょうがなかった。



 昼休みが終わるころになってもオレは傷心していた。そんなオレをさらにぶち壊すかのような出来事がおきた。次の授業の、数学の教科書を忘れたのだ。
 どうしよう、と前を向くと海馬の机の引き出しに数学の教科書を見つけた。置き勉なんてするんだなと思いつつ、借りるついでに落書きしてやるとその教科書を引ったくった。

 数学の時間は死ぬほど退屈だ。くだらない事ばかり考えてしまう。……普段から遊戯と海馬はメールしてるんだろうか。オレとはしないのに?海馬はオレの事なんてほんとは好きじゃないんだろうか?それともオレが好きの意味を取り違えたんだろうか?もしくは、あいつは本当にオレが憎くて、意地悪をしたんだろうか?そうやって先生の子守唄はオレの傷ついた心に塩を塗っていく。

 落書きしてやるつもりだったがなかなか気力も起きない。パラパラと教科書をめくる。教科書はとても綺麗で、書き込みといえばたまにアンダーラインが引いてあるくらいだった。海馬は置き勉をしているわけではなく、とっくに知識が頭にあるからこんなの必要ないだけなんだと知った。
 たまに見えるアンダーラインに、この日は出席してたのかーといちいち関心していると、紙切れが挟まっているのが見えた。一度通り過ぎてしまったそのページを再びめくる。
 紙切れは正方形のメモ用紙のようなもので、オレはそこに書かれた文字を心の中で読んだ。

『20時には帰る 瀬人』

 驚いた。オレはそのメモ用紙をぱっと見たとき、女の子の文字だと思っていたのだ。その先入観のまま瀬人という2文字を見て、仰天してしまった。海馬の名前って瀬人だったっけ……なんて思うほどに。それほど海馬の字は丸く、例えるならウマヘタという具合の丸文字だった。女の子がウマヘタの丸文字ならカワイイが、野郎の海馬ではただの汚い字になってしまっている。

 驚きが落ち着くと次にオレは悔しさで頭を抱えた。誰にこんな伝言を伝えたんだろう。20時には帰るということは相手は海馬を待っていたのか。これが意図的に教科書に挟めてあるのかたまたま挟まってたのか、それもわからない。もやもやして腹が立つ。よりによって暖かみのある手書きだなんて。オレは海馬の書いた字だって初めて見たと言うのに。
 そうやって悔しい反面で丸いへたくそな文字がむしょうに愛しく、自分の目が細くなるのを感じた。あんなに完璧で端正な海馬がこんな文字を書いている、その事実がやけに心地良かった。しかしこのメモを伝えられたやつは許さない、覚悟しろ。オレはそれを自分のポケットへ丁寧に押し込んだ。
 お前字へただなって言ったら海馬のやつ発狂するかもしれないな。絶対言わないけど。授業中、そうやって心の中で海馬を何度も発狂させた。にやつきをとめながら少し体を動かせばポケットからカサリと音がする。そのたびにオレは海馬を好きでよかったと思った。授業が終わったら遊戯に海馬のメールアドレスを聞こうかな、そしたら学校の連絡くらいはして貰えるだろうか、なんて考えて、自分の心まで丸くなってるのがめちゃくちゃ恥ずかしかった。


End.

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