不意打ち
2010.03.11 


「あれっ?」
パタパタと自分の制服を探って見て城之内は「やべっ!」と小さく叫んだ。
いつもならば尻のポケットか、ブレザーのジャケットにしまいこんである携帯が見当たらない。
かばんに入れる習慣がない城之内は、間違いなく携帯を家に置いてきたと確信した。
学校への道のりを半分ほど来ていた城之内は、少々面倒くさく思った。

取りに戻るか、戻らざるべきか。
自転車のペダルをダラダラ漕ぎながら考えていると、遠くのほうで見覚えのある高級車から、これまた見たことのある茶色い頭が出てきたのを発見した。

「海馬――――!!」
その声に気がついた様子で、少々いやそうな顔をするも、律儀に立ち止まっている海馬に気をよくして、城之内は全力で自転車を濃いだ。

「はよっす!」
はあはあと息を乱しながら挨拶すると、「・・・ああ。」と小さく声をかける。
至極めんどくさそうな感じではあるが、答えてくれるだけましなものだ。
傍から見たらものすごく酷い態度をとられているように見えるが、海馬が誰かを待つということはほぼありえない現象なので、よしとする。

「めずらしいな。こんな朝から。」
「ああ・・・今日は時間があいたんでな。貴様にはつい先ほど連絡したんだが。」
「えっ!?ああ・・・わりっ!携帯忘れちまって。」
はああっと深くため息をつかれて、城之内は居心地悪そうに頭をかいた。

「そっ・・・それにしても偶然だよな。こんなところで会うなんてさ。」
「どうせそんなことだろうと思ったのでな。貴様の通学路に先回りしたのだ。感謝しろ。」
「まじで!!スゲーな海馬!!!!」
キラキラと瞳を輝かせて心底感心する城之内に、さらに深く海馬はため息をついた。

「・・・貴様の頭はその程度か。」
「なっ・・・なんだとお!?」
「少し考えればわかりそうなものを。そんなことで感心されてもうれしくもなんともないわばか者!!!」
「ちょおっ!それはき聞き捨てならねえな!!せっかく褒めてやってんのに!!!」
「貴様に褒めてもらっても何の足しにもならん。それに唯一の連絡手段を忘れてくるなど言語道断!!だから貴様は凡骨なのだ。」
「くっ・・・くっそおおおおおお!!!悔しいけど言い返せネエ!!!!」

心底悔しがる城之内に、海馬がくつくつと笑い出す。
その顔を見て城之内も一瞬ぽかんとするが、すぐにへへっと笑った。

「それより、貴様のためにオレがわざわざ遠回りして一緒に登校してやるんだ。光栄に思え。」
「うん・・・さんきゅっ。携帯忘れたとき、お前に連絡どうするんだとか思っちまった。携番覚えてねえし。」
「くくっ。貴様に数字が覚えられるわけがなかろう。」
「まっまたばかにしやがってぇ!!俺だってなあ!!」
「オレだって・・・なんだ?」
「えっ・・・うう。」
「貴様の数学を見てやっているのは誰だろうな。」
「うう・・・やっぱそれだすと思ったぜ。ああもう悪かったよ!!」
「ふふん。わかればよいのだ。」

スタスタと機嫌よさそうに歩いていく海馬を、恨めしそうにみる。
いつもはこんなやり取りの自分たちではあるが、いわゆる恋仲というやつだ。
ドコをどうとったらこうなるのか、自分でもいまいちわからない。
それでも、冷たい態度の裏側に見える不器用な優しさが、城之内を捕らえて放さない。

「・・・さっさと歩け。おいていくぞ!」
そういいながらも立ち止まって待っているその姿に、なんだかたまらなくなって城之内は海馬へと急いだ。


なんだかんだとたわいのない話をしながら、学校へ向かう。
ちょっと前なら想像できないツーショットも、今では見慣れたものだ。
最初はものすごく違和感があったのか、誰もが振り返っていたのだが。
それも最近では見慣れたのか、誰も気に留めない。

校門をくぐり、校庭の横を通る。
自転車置き場まで律儀に着いてきてくれる海馬に、なんだかとてもうれしい。
自転車に鍵をかけ、海馬の元へと向かう途中で、城之内ははっと息を呑んだ。
向こうからものすごい勢いで、サッカーボールが飛んでくるのが見えた。
海馬はこちらを向いていて気がつかない。

「あぶ・・・ねえっ!!!」
海馬を思いっきり引っ張って、自分より後ろへ下げることに成功したが。
ボグッと側頭部に思いっきりボールが当たった。

「!!!!!!!!」
クラリと頭が揺れるような感覚が、城之内を襲った。
思ったより強い衝撃に意識が朦朧とする。
意識が飛ぶ瞬間に海馬の声が聞こえた気がした。


「・・・・・・あれ?」
真っ白なカーテンと天井が目に入る。
シュンシュンとやかんの音が聞こえる。
静かな空間に、なんとなくここが保健室だということに気がついて、城之内は慌てて飛び起きた。

「!!・・・・いってえ。」
ズキズキと頭が痛む。そっと触るとたんこぶらしきものができていた。

「・・・なさけね。」
サッカーボールごときで気を失うとは。
咄嗟のこととはいえ、よけることも出来なかった。
あ・・・でもよけたら海馬に当たっちまったか。
あの場でぶつかったのが、海馬ではなく自分だったことになんとなく安心して。
そういえばどうやってここに来たんだっけと、首をかしげた。

「あら。起きたのね。」
しゃっと囲まれたカーテンを開けて、保健の先生が顔を出した。

「頭はどう?痛むかしら。」
そっとこぶを触られてなんとなく思い出した。ちょっとひんやりとした手が、そこを撫でていたこと。
「ボールが当たった衝撃で気絶しちゃったのね。吐き気とかないかしら?」
「ああー・・・えと。だいじょぶ・・・です。」
普段あまり優しくされたりしないので、なんだかこそばゆくて城之内は身じろいだ。
「ほんとびっくりしたわよ。ここまであなた、同じクラスの海馬君に背負われてきたんだから。」
「え・・・・。」
「しばらく横にいたけど、携帯が鳴って慌てて出て行ったわ。今日はそうね。大事を見て帰りなさい。なんだか疲れているみたいだから。」
確かにこのところバイトが立て続けにあって、ゆっくり眠っていなかった気がする。
それにいつもならば絶対に忘れない携帯を、家に置いてきたのだ。疲れがピークに達しているのかもしれない。

「失礼しまーす。」
保健室のドアを出ると、そのまままっすぐ昇降口へと向かった。
しんと静まり返った廊下をぺたぺた歩いている間、海馬のことを思う。
あわてて出て行ったということは、きっと急な仕事が入ったのだろう。
情けない奴と、あきれ返って放置されるかと思ってたのに。
担ぎあげられて保健室まで連れて行かれたことを想像して、顔がかっと熱くなった。

いつも冷たいのに、こういうところだけやさしくてずりい・・・。
恥ずかしさを紛らわすように、ポケットに手を突っ込んで、足早に下駄箱へと向かう。

頭に血が上ったせいか、ずきずきと頭が痛む。
はあっとため息をつきながらぱかりと下駄箱を開けると、靴の上に紙切れが一枚きちんと折られて乗っかっているのに気がついた。

「・・・・・・?」
かさりと開いてみると、見覚えのあるちまちまとした文字が並んでいるのが目に入って、城之内の顔に驚きの表情が浮かぶ。

「20時には帰る 瀬人」
そう記された文字は、間違いなく海馬の筆跡で。
流暢な英字を書く癖に、びっしりと埋め尽くされている手帳に書かれている文字は、丸丸としていて。
そのギャップになんだかかわいらしさを覚えたことを急に思い出して、城之内はその場に突っ伏してしまいそうになる。

急いでいるのに殴り書きするわけでもなく、しかもきちんと折りたたんで置いておくところが海馬らしい。
携帯を忘れたのは、ある意味正解だったかもしれない。

家に帰ったら真っ先に電話しよう。
海馬の声・・・聞きてえし。

帰ってきたらぎゅっと抱きしめよう。
俺の気持ちが伝わるように。


疲れもぶっ飛ぶような不意打ちに、城之内の心は急上昇だ。
本当なら今すぐに飛んでいきたい気分だけど。
今日はおとなしく待っていることにしよう。


丁寧に折りたたんで、海馬のメモを懐に入れる。
そこだけなんだか暖かい気がして、城之内の顔に笑みが零れた。


End.

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