プチフール
2010.07.03 


 信じられない組み合わせだと自分でも思うけどオレと海馬は、或る日を境に何となくそういう事になって、そして何となく続いている。
 出逢った当初コイツを毛嫌いしていた分くらいは好きにもなれたらしいので其処んとこはいい。
 だけど。だけども、だ。
 割と長く続くオツキアイのあいだ互いの性格が元でケンカが絶えなかったにも拘らず、海馬は自分自身のマイペースさを変える気は微塵もなくて、今日もオレは放課後のすべての予定をキャンセルした上で呼び出しに応じ……そして待たされている。
 オレが此処に来たのは午後五時過ぎ。何度も何度も確認しても殆ど針が動かずイライラした時計もそれでも何とか時を進めていたらしく、気付けば午後七時を過ぎたくらいにはなってくれた。

 「お前の兄貴さあ、ヒトを呼び出した癖に2時間待たせるとかどーいう事なわけ」

 海馬がオレを待たせるのはいつもの事だし、小学生に言ってみても仕方ないのだって勿論解ってるんだけど、オレを待たせる女王様本人よりもだいぶ物分りがいいので、そんなモクバにオレの愚痴を聴かせているという訳だ。

 「まあまあ、男を待たせるのは美人の嗜みってゆーし。待たされてもそのぶん美味しい気分にはなってる訳じゃん?」

 だからいーんじゃないの?と、慰めになってるんだか兄貴の美人自慢をしたかったのか微妙な返答を貰ったオレは益々ぶすくれて海馬の私室でソファに引っ繰り返ってしまった。ソファから食み出た手脚が投げ出されて、目の前の小学生から見ても相当だらしない格好だろうと思う。姿勢を正すつもりも無いけど。

 「急に仕事になっちゃったんだから、仕方ないだろ?仕事とアタシどっちが大事なのとかウザ女みたいなコト言わないで大目に見たら?」
 「いっちょ前言ってら」
 「オレは城之内よりは一人前だぜぃ――――ところで」

 これなーんだ、と、綺麗に彩られた箱をモクバが引っ張り出してくる。
 中には、一口大のケーキが整然と並んで、箱の綺麗さも相まって見惚れるほどだ。

 「なんだも何も……菓子折じゃねーの。でもすげー綺麗な。あ、これとかオレ好き」
 「菓子折じゃないよ、プチフール。兄サマがわざわざお前にって置いていったんだぜぃ」

 それでも食べて夕飯までの間を繋ぎなよ、オレも仕事しに戻んなきゃいけないから。そう言ってモクバも携帯で車を呼びながら部屋を出て行った。
 とりあえずオレの為の特別オヤツってのだけでも気が利いてるじゃねーの。アイツにしちゃ上出来だ……モクバの入れ知恵かもしんねーけどさ。
 まずは小ぶりながらも美味しそうなケーキを、上機嫌で次々と口に放り込む。

 「さっすが海馬邸、作ったモンか買ったモンか知らねーけど、すっげうめえ!」

 甘過ぎず、それでいて物足りない事がない。そんな最高の味に満足しつつオレはプチフールだっけ?の箱を一気食いに近い状態で空っぽにした。

 「うまかったー……お?」

 菓子箱の底面に何かある。
 仕切りを退けると、ケーキの油分に汚れないようにスリーブで保護されたカード大のメモ用紙が挟まれているのが判った。

 『20時には帰る。瀬人』

 スリーブから取り出したメモ用紙の上に踊る文字。それは不揃いでコロコロと丸く、言ってみればアレだ……可愛らしい。
 普段取り澄ましていてちょっと素直じゃなくて可愛いところなんて殆ど垣間見えない(ベッドじゃ可愛いけど)アイツが書くにはあまりにも不似合いな文字だ。

 「…………ぷっ」

 この字を、アイツが?
 終始何か企んでるみたいな顔して、ちまちまとメモ用紙に手書きしてたのか?
 なんつーか、文字も可愛いけど、行動も可愛いじゃん。あまりの可愛さに笑いすら込み上げてくるってモンだ。

 そういう風に思えてくる様になってる辺り、オレも相当アレだけどさ。
 今だってソファに転がりながらころんとした文字を眺めて……多分すっごく、やに下がった顔してるんだオレ。

 「……何ひとりでニヤけてるんだい?」
 「ん?おう……おかえり」
 「ただいま」

 そうこうしているうちに屋敷の主が帰って来た。オレを捉える金眼が幸せ感じた猫みたいにゆったりと笑う。時計を見ると午後七時四十八分。一口大のケーキを十二個ほど平らげるのには十分もかからなかった、という事はオレは、こんなちっちゃなメモ用紙一枚をずっと眺めて可愛い可愛いとニヨニヨしてるだけで数十分を過ごしてしまったってのか?
 だとしたら、こいつの字面があまりに本人に似合わなくて逆に可愛いのが悪い。しかもそれがオレのためだけにちまいケーキを用意してっていうのがまた可愛いんだから仕方ないだろ?
 さてオレは今までに何度「可愛い」って言ったでしょうか、と自分に問いかけたくなるくらいだ。
 だけど、箱の底にわざわざ仕込むような手の込んだ事するのは訳がわからん。オレは件のメモを海馬にひらひらして見せる。

 「なー海馬ぁ、これ」
 「ああそれ確認した?たまには書き置きのひとつも置いてけって君がしょっちゅう怒るから、書き置きっていうのをやってみたんだ。こんな感じでいいの?」
 「いや書き置きはコレでいいんだろうけどさ、わざわざ菓子箱の底に入ってたのは何で?」

 質問すると海馬はクスッと笑ってこう言った。

 「だって君はさ、少しは空腹埋めてからの方がメモも機嫌良く見られるだろ?」

 お腹を空かせたところに、使用人の言伝てや携帯のメールじゃなくて前時代的なメモが出て来たんじゃあ余計に機嫌が悪くなりそうだから。と、そんな事を言ってる。

 「そーだなぁ……」

 なるほど、こいつはオレを知り尽くしているわけね。
 だったらー……。

 「けどさ、たとえ腹が減ってる時でも、朝までたっぷりシよう!とかゆー色っぽいお誘いのメモだったら機嫌良くなりまくりかもしんないぜ?」

 一瞬きょとんとした顔をした海馬は、ふむ、と少し考える仕種をする。
 そして何かを思いついた様に、ソファに転がったままのオレに乗っかって纏わり付いてきた。

 「後で満足させてくれたら、そういうメモを残す気になるかもね」
 「……なんだよ、その、普段は満足してませんみたいな物の言い方はよ」

 引っ付いて来た割に可愛くないその挑発にちょっとムッとした俺は、オレの腰のちょうどいいところに圧し掛かってる海馬の尻をえい、っと突き上げる。
 あん、なーんてちょっと嬉しそうに苦笑してるコイツは、何だかんだ言ってほんとスキモノだと思う。

 「それにしてもお前、字ぃまるっこくて可愛いよな」

 にしっと笑って、仕返しにからかってやるつもりだったのに、言われた本人は意にも介さず、のほほんと笑って答える。

 「……そう?」
 「うん、ちまっとしてて不揃いでまるまっこくて、子供の字みてぇ」
 「君の字よりはちゃんと書けてると思うんだけどなあ」

 特に拗ねたり怒ったりって事もなく、うーん、とか、唸ってる。
 普通は「メモ返せ」とか「もう二度と書かないから」とか言いそうなモンなのにな。こいつの可愛いところって、こういう多少ズレてるところなんかな、とも思ってみたり。
 少しの間べたべたとくっ付いて疲れを癒していたらしい海馬はと言えば、どうも文字について考えるのをあっさりと放棄したらしい。

 「ごはん食べようよ。僕お腹空いたし」
 「そしたら風呂な。久し振りに一緒に入ろうぜ」
 「その後は?」
 「決まってら。次回貰うメモの内容の為に、ひたすら努力するだけだぜ!」

 オレの答えに満足したのか、海馬の口唇が蟲惑的に弧を描く。

 「じゃあ次もまたメモ書いてあげてもいいかな。まずその為に何かお腹に入れて来ようか」

 ……けど、と一拍置いて。

 「其処まで言っておいて、食べすぎで眠くなって放置なんて事になったら……怒るからね?」

 つい先日も食い過ぎで眠くなってコイツを放置して寝ちまった事があったので、以来海馬はオレの食事量に敏感だ。たまに逢える時は夜ベッドを共にしないとたちどころに機嫌が悪くなる。

 「だいじょーぶ、晩飯は自重して食うからよ。代わりにさっきのケーキ用意しといてくれよ。後で小腹が空いた時に食うからさ」
 「うーん、それならいい、かな」

 そんな話をしながら海馬はオレの上から退けて立ち上がると、早く早くと急かす様にオレを引っ張り起こす。

 「はいはい、んな引っ張んなよ」

 苦笑しながらオレが言う。
 どういう風の吹き回しか今日はえらく機嫌がいいな。

 「なあ、なんか今日御機嫌じゃね?」
 「うん?明日が休みなのもあるけど……」

 理由知りたい?教えて欲しい?
 だだっ広い廊下を二人で歩きながら、海馬が言う。

 「おう、かなり知りたい」
 「それはね……さっきメモ見た時のニヤケ面がすごく新鮮だったからさ」
 「おまっ、そこは言うなって」
 「だってだらしない……でもとても幸せそうな顔してたじゃない。ああいう顔嫌いじゃないな僕」

 んなこと言って笑う海馬の方が、オレよりもうちょっと幸せそうに見えるけど。
 そういえばこいつって、孤児たちが無料で遊ぶための遊園地作るなんて社長として採算無視な事業進めてるんだっけか。出逢った頃は性格の悪さが目立ったけど、ホントは誰かが喜ぶ顔を見るのが好きなのかな。

 「そこは素直に好きって言っとけよ」
 「ん?それは何かイヤだな」
 「何でだよ」

 そこまで訊かれた海馬が今日初めて、少し拗ねた顔をする。

 「今日まだ君から一度も聞いてないから。先に言うのはイヤだよ」

 あー、メモとメシの後の事ばっかで、全然そういうとこに気が回ってなかった。
 こういうところはなんつーか女の子みたいで、言葉や行動に表さずに放っておかれるとちょっと機嫌が悪くなったりする。

 「そーだったな悪い。好きだぜ」
 「うん。僕も好きだよ」
 「お前も明日休みみたいだし、満足いくまでしよーぜ、今日は」
 「……ま、いいよ。相変わらずデリカシーは無いけど、大負けに負けて及第点」

 僕にとっては、この及第点が愛情なんだけどね。他にはこんなに甘くないんだから。
 そんな事を呟いて笑う海馬も何だかんだ言って幸せそうだ。

 「そんじゃま、メシにしようぜ」
 「すっかり君んちみたいになってるね。ところでさっきケーキ食べたのにまだ食べる気?」
 「もちろん。オレの胃袋はこれからメイン食っても余裕があるぜ!」
 「何度も言うけど、食べすぎないでくれよ?」

 オレとしましてはこの幸せ感をなるべく長い期間保つため夕食後、多いに奮闘しなくちゃいけないんですからね。体力削れて仕方がないから食わなきゃ。それでもやっぱお互い好きだし、スキだしな!

 そんでもってそれだけじゃなくて、次回のメモにあの可愛らしい字でどんな色っぽい事書いて来るか、そこが重要な訳なんです。


End.

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櫻井鈴様/DoubleLOST

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